【断想】使徒信条⑥「殺される神」

「神」…日本人が考えてきた、誰もが(あるいは偉人が)死ねば成る「神」とは違って、聖書の神は人間を・この全世界を創造した神…聖書はその宣言をもって始まっています。
創造する神は、ですから、時間を超え、空間を超え、造られた物(=被造物)全てを超えた存在です。
その論理的な帰結を言えば、従って、死は勿論、変化的な神学も、そのように教えてきました。
しかし聖書の神は、そうした論理の枠をも超えてしまうお方なのです。
▼旧約聖書が告げる神は、先ず、人間に応答を求める神でした。
人間の応答において神は自在に自らを変える自由と主権を持つ神で、従って、ご自分の計画や言葉さえも、人の応答によって悔い(!)変えもする、何よりも救いと恵みを重んじる神なのです。
▼パウロが語る「神の義」とは、徳目的な義とは無縁の、神と人との間=応答的関係を造り・回復する救いと業とその実現を意味しました。
「イエス・キリストのピラティス(=真実・信仰)により」全ての者に与えられるのが「神の義」だと彼は言うのです。
「ただキリスト・イエスによる贖いを通して、無償で義とされる。神はそのピラティス=真実によって、キリストを立て、その血によって罪を償う供え物とされました」。
ここに神の愛と義があります。
神の独り子=神自らが殺されることによって、神はその義と愛を・その全能を、余すところなく示されたのです。
この神をこそ私たちは神と信じ、告白するのです。

第1号 小さな群れよ、恐れるな

約三年の間、遅配となっていました、「季刊 うちまる」を、中原牧師のもとで発刊することがようやく出来ました。
「うちまる」はもともと、会員間で普段できない教会内外のさまざまな情報を共有することにより、お互いに、教会をより理解していくためにつくられました。
会員の中での情報と言っても、単なるうわさ話ではなく、教会に関する、正しい情報、知っておきたい情報、知らせておきたい情報、あるいは、伝えて残しておきたい情報を、単にお話として、聞き流すのではなく、記録・記憶としてとどめておきたいからです。
この「うちまる」は、会員皆さまからの協力がないとできません。皆様の、教会や、牧師、会員に対する、意見、指摘、情報をおよせください。

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